2015年3月18日水曜日

捨てる覚悟と勇気!‼︎

矢沢永吉好きの呉服屋店主、いつか永ちゃんが着物でコンサートやイベントをやってもらいたいのが夢の宮崎省三です。

先ずは、訂正大分での公演が1999年以降ないというのは間違えていました。その後に、2回大分公演はありました。2006年と2000年やはり、詰めが甘いおわびと訂正します。

昨日の続きですが、1975年4月13日キャロル解散後、同年9月21日アルバム『I LOVE YOU,OK』にてソロデビュー‼︎
そのアルバム発売後すぐに、コンサートツアーにでる‼︎
アルバム発売にまつわる話は明日以降にするとして、1975年のツアーとして、よくファンの間で語られるのが、中野サンプラザでのライブです。
今までキャロルのボーカル兼ベース担当であった、永ちゃんが肩からベースを外して挑む初めてのLIVE、映像で流れているとすれば、矢沢永吉ヒストリーの前半部分で数分流れてます‼︎
黒のラメの衣装当時の写真や映像ではシルバーのラメも登場宇宙人の様です。😅
 そんな中、後々のインタビューなどで語られていますが、『キャロル解散後同じ事はをやるのであれば、解散する必要などない‼︎』だから、デビュー曲にバラードの I LOVE YOU ,OKだと思うし、アルバムのアレンジなどは、キャロルとまるで違います‼︎

その意も含むLIVEなので、既存のキャロルファンからは、大ブーイングでした。
セットリストを確認すると、I LOVE YOU,OK  セクシーキャット、 奴はデビル、キャロル、ライフイズ ベインとキャロルファンからすると、当時の口がポカンと空いてる表情が伺えます‼︎

しかし、当時も最後の4〜5曲は、キャロルの鉄板ナンバーSLOW DOWN,ファンキーモンキーベイビー、ルイジアンナで最終の盛り上がりは担保していますが最低限にしていました。前半でチャレンジを入れて、アンコールではそのアルバムから 恋の列車はリバプール発、奴はデビル、ILOVEYOU、OKと最後にはもう一度ソロアルバム押しという構成です。

推測ですが、その時点でキャロルのヒットナンバーを羅列すれば、確実に盛り上がる事は、本人自身が一番分かっていると思います‼︎

しかし、この時期に楽をしていたら(過去の栄光にぶら下ってキャロルのナンバー中心のコンサート構成)今の矢沢永吉は確実にいないと思います。

これは、自社でも言える事で、過去の栄光にしがみついていたら気づいた時には周りもう誰もいないという状態‼︎まさに『茹でガエル』になっています。

過去を捨てる覚悟が必要だと強く思います。それがinnovationだと気づかされます‼︎
しかし、そのコンサートの評価は散々で矢沢永吉ソロツアーは苦しい船出だったようです、その極みのエピソードの一つが、ファンの間では、『リメンバー佐世保』と言われているエピソードです。千数百人の会場に、売れているチケットが100〜150枚慌ててスタッフが周りにチケットを配り、それで来た人数が200人。

その当時の事を、1980NHKで放送された『若い広場』の中で、「負けたことはありますか?」と訊かれて、「死ぬほどあります」と答えて、
「悔しくて悔しくて、ステージに上がった時に200人のお客さんにこう言いましたよ。"いらっしゃい"。こんなに才能のあるオレが佐世保に来て、こんない屈辱されたことはない。でも、今日来てるお客さんは幸せだ。なぜかと言うと、こんな素晴らしい矢沢を観れたから。オレのプライドとして、素晴らしい歌を歌うから、最後まで楽しんでください"って。で、最高のステージやって、自分なりに勝手に"リメンバー佐世保“というスローガンをつくりましたよ」
2年後の佐世保公演は超満員であったという後の話もありました。

そこで、めげずに楽な道を選ばずに、前に進むそのぶれない心が必要だと気づかされます。
また明日!‼︎ちなみに、中野サンプラザのセットリストです。

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